小説

『雨心中』唯川 恵

あらすじ

施設育ちの芳子と周也は、実の姉弟のように生きてきた。芳子にとって、周也はこの世で唯一「私のもの」といえる存在だ。周也は仕事が続かないが、芳子は優しく受け入れる。周也を甘やかし、駄目にしてきたのは自分だと芳子はわかっていた。そう、周也が「罪」を犯したときでさえー。
直木賞作家による究極の恋愛小説。

文庫 裏表紙概要から

※以下ネタバレあります

芳子の身勝手すぎる愛

とりあえず、芳子が身勝手。男を駄目にする女とはこれ!と言いたくなるほど、自分の愛を貫き通す。周りにいる人間は、芳子から周也に向けられる執念のような愛情に振り回される。

そもそもふたりは施設育ちで、身内などいないし、この世にふたりきりの家族として生きている。周也が仕事を簡単に辞めてくるのもあって、人間関係というものをほとんど築いてないにもかかわらず、それでもふたりに振り回される人間が出てくる。それは決して悪い影響だけとは言わないが、やっぱり血の繋がりのない男女同士の結びつきは、一緒に育ったといえど他人同士の繋がりに違いないし、執念とまで言えるほどの執着になった途端、全てを歪ませるパワーを持つように思う。

そもそも物事には自然の成り行き、というものがあると思う。タイミングとか縁とかそういう言葉では言い表せないものが。この芳子の愛は、それをかき乱し、進んではまた元に戻りを繰り返す。全然物事が前進していかない。後退していくばっかり。

昔、桜庭一樹さんの「私の男」を読んだけど、実の親子がお互いを愛して肉体関係を持つっていう内容。この芳子と周也はその逆。赤の他人なのに、肉体関係を持たないことで、益々関係性と愛情が歪んでいくっていう。

周也の軽薄さ

そしてあまりにも、周也が阿呆で悲しくなる。
概要にもある通り、芳子もそれは自分が甘やかしてきたせいだって自覚はあるが、それにしたって!と突っ込みたくなる場面多数。

特に危険な奴から逃げてる身であるのに、簡単に本名を口にしたり(これは芳子にも言える)、人を信用し過ぎたり、本文では短慮と書かれてるけど、単純にカッとなりやすい気の短さ。

姉のための悪事

でもこの周也。まるで姉ちゃんの為に問題を起こしてくるようにも映る。姉ちゃんの愛を受け止めるために、姉ちゃんが愛を自分に注げるように。次から次へと問題を起こし、姉ちゃんを引きずり込む。
しかし不思議と、彼の悪事には黒い影がないのが印象的。それは浅薄や行動にも、明確な動機があるせいだと思うけれど、それが子供みたいな動機な上に、後先の考えない真っ直ぐさで突っ走るから、ある意味感服させられてしまう。

姉ちゃんの芳子も、またやったのか、また何かしたのかとその都度ドキッとするけど、「どうしよ姉ちゃん」って泣きつかれることに安堵もする。だから、彼の成長に手を貸しもしない。ずっと出会った頃の五歳児のままでいさせる。そんなの絶対おかしい。

印象に残った登場人物

私は序盤に出てくる北沢っていうおじさんが好きだった。裏ビデオ屋の店主にして、ちゃんと節度を持った一番まともな人。昔の自分を反省して、ちゃんと人との距離を取れる人。芳子と周也の良いところを見てあげた人。彼との別れのシーンが一番グッときた。


生きながらにして、ふたりで死に向かっている様子はまさに『心中』なのだろうし、寺山修司が言ってた。

昭和十年十二月十日に
ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かゝって
完全な死体となるのである

これを体現するような生き方をするふたりが、私には少し怖かった。

後書きはわかりやすく書かれていて、答え合わせのように読む事が出来た。